2023年11月18日、デジタルハリウッド大学の駿河台キャンパスにて『近未来教育フォーラム2023』が開催された。教育関係や企業の方々を中心に300名以上が参加し、有識者との対話を通じて教育の現在地とこれからのあり方を模索した。
今回のテーマは「Conversation with AI」。ChatGPTが登場して以来、AIとの対話を実際に体感してあまりの精度の高さに衝撃を受けた方も多いだろう。中にはこれまで積み重ねたものが根底から変わってしまう恐怖感から、AI活用に踏み出せない方もいるかもしれない。
今回登壇された6名の有識者については、心からワクワクしてAIとの対話を楽しんでいる様子が印象的だった。「人工知能と戯れる」という感覚が伝播し、日本中の教育現場でAI活用の試行錯誤が加速していくことを願いながら、当日の内容を振り返り記載していく。
(イベント取材・文 桂 亜沙美 撮影:棚田 瑛葵)会場は、東京・御茶ノ水にあるデジタルハリウッド大学内の駿河台ホール。対面会場とオンラインのハイブリッド形式で開催された今回は、YouTube Liveを通じて会場の様子が配信された。
司会者による案内の後、基調対談がスタートした。登壇者はIT批評家の尾原和啓氏と、データセクション株式会社・顧問の橋本大也氏。橋本氏はデジタルハリウッド大学の教授でもあり、近未来教育フォーラムでの登壇は2014年ぶりの2回目である。
2014年当時「Life In Data」をテーマとして掲げ、これからの教育のあり方を提言した橋本氏。そこから約10年で驚異的とも言える進化を遂げた生成AIの歴史を尾原氏とともに振り返り、今日までの到達点について概観することが対談前半の目的だ。
■ 登壇者プロフィール
左)尾原 和啓 氏 / IT批評家
京都大学院で人工知能を研究。マッキンゼー、Google、iモード、楽天執行役員、2回のリクルートなど事業立上げ・投資を専門とし、内閣府新AI戦略検討、産総研人工知能研究センター立上 企画参与(副所長 松尾豊氏)。Google Japan時代は検索事業開発のヘッドとしてGoogle AIサービスのGoogle Nowなどを担当。現在13職目 、近著「アフターデジタル」は11万部、元 経産大臣 世耕氏より推挙。「プロセスエコノミー」はビジネス書グランプリ イノベーション部門受賞。右)橋本 大也 氏 /デ ジタルハリウッド大学 教授、データセクション株式会社 顧問
デジタルハリウッド大学 メディアライブラリー館長。ビッグデータと人工知能の技術ベンチャー企業データセクション株式会社の創業者。同社を上場させた後、顧問に就任し、教育者、事業家に転進。教育とITの領域でイノベーションを追求している。著書に「データサイエンティスト データ分析で会社を動かす知的仕事人」(SB 新書)「情報力」(翔泳社)など。書評ブログを10年間執筆しており、書評集として「情報考学 Web時代の羅針盤 213 冊」(主婦と生活社) がある。多摩大学大学院客員教授。早稲田情報技術研究所取締役。「データサイエンティストの役割の99%は、もうAIが担えます」人工知能分野において10年間で起きた変化を問われた橋本氏は、このように答えた。
データ分析や解決策の提案などの役割を担うデータサイエンティスト。これは橋本氏が『近未来教育フォーラム2014』にてこれからの時代に求められる存在として提言した職業だった。しかし10年も経たないうちに、AIがほぼすべての役割を担えるほど進化したというのだから驚きだ。
尾原氏は参考資料として以下を提示した。2013年頃に東京大学の松尾豊氏が発表した内容で、当時のAIの未来予測を示したものだ。
この資料によると、2025年から「言語の意味理解」が始まり、2030年から「大規模知識理解」が始まるとされている。しかし、2023年の現実はどうだろう。すでに「大規模知識理解」のフェーズにあり、恐ろしいことに進化のスピードは7年も前倒しになっているのだ。
その理由は、GPU(画像処理半導体)の圧倒的な発達と、並列処理に向いたTransformer(大規模言語モデル)の登場にあると尾原氏は説明する。TransformerをベースとするChatGPTはご存知のとおり急拡大して世界を変えている。時計の針はこれからも速く進んでいくだろう。
AIの進化を概観した後は、テーマを教育へと移した。ベトナムやマレーシアの大学でも講師を担う尾原氏は、AIと向き合う学生の姿について次のように語る。
「『GPTネイティブ』な学生と『GPTノンネイティブ』の学生で、明らかにモードが違うんです。GPTネイティブの学生は、講義を聞いている間に並行して学びを進めています。たとえば最新の論文を20本集めて要約をマップ化していたり、ChatGPTのアカウントを複数用意して並列に質問を出していたりと、まるで“知恵の神”が横についていることを前提として学んでいるようです」
このようなモードのGPTネイティブと、カンニングと言われて制御されているGPTノンネイティブでは、学びのスピードが大きく異なることは想像に難くない。課題解決よりもコンセプトメイキングに時間をかけられることが、GPTネイティブの強みだと尾原氏は説明した。
続いて橋本氏は、教育現場における「教員のAI化」の可能性を示唆した。
紹介された事例は、杉山知之学長を使った実験だ。Webサイトや記事などに掲載された学長の発言を3,000字ほど収集してAIに学習させたところ、大学設立20周年のスピーチ原稿が完成したという。
その手法は、以下のようにAIと対話することだ。「杉山学長の特徴を分析してください」「頻出するキーワードや口癖を抽出してください」「マインドマップでメッセージの本質を整理してください」「どんな人物か性格分析してください」と指示を重ねていく。さらに「月並みな感じですね」などとAIに反応していくことで、期待するアウトプットに近づける。
それだけではない。動画生成AI『HeyGen』を使うと、完成したスピーチを読み上げる映像まで一瞬で制作することができる。技術がここまで来ると、教員がAIに置き換わる未来も想像できるのではないだろうか。
とはいえ、教員が必要ないとは言えない。「この人みたいになりたいと思わせるのは、やはり生身の人間です。AIは、どこまで行っても偽物。杉山学長という本物がいるからAIが作れるのです」と橋本氏は説明する。憧れや勇気を持たせることができるのは、AIにはない人間の力なのだろう。
ライトニングトークと題して、デジタルハリウッド所属の教員が登場し、自身の研究・実践テーマと「Conversation with AI」を関連づけた5分間のプレゼンを4名連続で行った。
最初に登場したのは、デジタルハリウッド大学大学院・兼任助教の石川大樹氏。プレゼンのテーマは「eラーニングにおける質疑応答機能としてのChatGPT活用」だ。
「デジタル表現基礎」の授業において、質問対応サポートの代替手段としてChatGPTを導入した石川氏。その検証結果をもとに、以下の所見を発表した。
課題としては、ChatGPTのバージョン別の検証や、プロンプト記述方法の指導が挙げられた。今後も授業内での継続的な検証が期待される。
続いて、デジタルハリウッド大学 准教授の茂出木謙太郎氏によって「2030年アバターで働く未来」と題したプレゼンが行われた。
新入生320名が全員アバターで参加する授業を行い、メタバースを活用した次世代の生き方について検証と実践をしている茂出木氏。
2050年までに人間がアバターで活動できる社会を実現するという内閣府の目標に向けて、2030年までにその基盤を作ることを目指して活動している。アバター会議参加システム『NICE CAMERA』をはじめ、AIアバターと共生する未来を作るさまざまな挑戦について紹介した。
続いて登場したのは、デジタルハリウッド大学大学院 客員教授の中西崇文氏。「AIME(独自の説明可能なAI技術)が示す世界:AI自身が出した結果に責任を持つ日」をテーマに発表した。
AIに新たに求められるものとして、中西氏は以下の3点を提示した。
これらを支えるためのXAI(説明可能なAI)が注目される中、中西氏は「AIME」という新しい技術を開発。シンプルかつ明快に説明を導出するこのXAI技術は既存の手法よりも優れていることを実験で証明した。このAIMEを中心に、AIのFairness、Accountability、Transparencyを技術的に支える研究を進めていくことを中西氏は目指している。
ライトニングトークの最後に登場したのは、デジタルハリウッド大学大学院 客員教授の白井暁彦氏。事前録画による出演で「クリエイティブAIラボ・CAIL~技術同人誌を通した生成AI時代のクリエイティブリーダー教育」について発表した。
VRエンタテインメントシステムの研究開発を行ってきた白井氏は、「つくる人をつくる」をビジョンに掲げるスタートアップ企業『AICU Inc.』を米国で立ち上げた。
今回はデジタルハリウッド大学大学院の新ラボプロジェクト「クリエイティブAIラボ(略称:CAIL)」について紹介。従来のメタバース分野に加えて、Stable DiffusionやChatGPTに代表される画像生成AIや推論AIを使ったクリエイティブ手法の探求を行う研究活動だ。
CAILのメンバーは、コミュニケーションメディアとして技術同人誌を活用している。「500円の薄い本から世界は変わる、人生は変わる」を体現するCAILの取り組みに注目が集まる。
対談の後編では「クリエイティブ教育」に焦点を当て、次世代のクリエイターが必要とするスキルとマインドセットについて議論した。
そもそも、クリエイティブとはどういうことか。まず尾原氏は、先ほどのライトニングトークを聞いて「デジタルハリウッドの教員が一番クリエイティブではないか」と仮説を立てた。チャレンジ精神にあふれるデジタルハリウッドの教員が集まる会議の中にこそ、クリエイティブ教育の未来をとらえるヒントがあるのかもしれない。
尾原氏は、クリエイティビティをシンプルな形で表すと『価値=差異×理解』という公式が成り立つと語る。青いりんごの中に一つだけ赤いりんごがあれば選ばれやすいが、もし赤いりんごが異臭を放っていたら選ばれない。つまり、価値の高さには「他との違い」だけでなく「理解の範囲におさまる」という条件が必要となる。
クリエイティブであるには、顧客の理解のギリギリを攻めることや、顧客の理解の幅を広げることが必要だ。そのラインを見極めるためにAIを活用することが、これからのクリエイターが必要とする力の一つではないだろうか。
橋本氏は、クリエイティブの事例として姫路市のマスコットキャラクター制作プロジェクトを紹介した。
AIに姫路市のキーワードを抽出させ、その上で企画書とプロンプト作成を依頼したところ、『ヒメリン』という白鷺のキャラクターデザインが誕生したという。ポケモン風、下手うま調など複数の方向性でデザイン案が瞬時に生まれ、AIを活用したクリエイティブの可能性に驚かされる。
この事例のように「顧客が望んでいるものをうまく抽象化して、わかりやすい作品をつくること」はまさしくAIの得意分野だ。まずは抽出した要件の幅の中で最大公約数を生み出し、その後に幅を広げていくアプローチは、これからのクリエイティビティの一つの方向性となるだろう。
参加者から多くの質問が寄せられた。「クリエイターがAIを否定せずに活用する方向に向けるには、どうしたらいいか?」という問いに対して、橋本氏は次の絵を回答として提示した。
橋本氏が描いた恐竜の絵だ。数分で描かれたラフ画だが、画像生成AI『Stable Diffusion』を活用すると次のように変わる。さらに『Gen-2』を使えば動画も簡単に生成できるという。
AIがここまで進化した現在では、技術力で差異を生み出しにくい。そうなると、CGソフトの使い方以上にコンセプトメイキングが重要だ。「人が何に感動するのか」という本質的な理解を掴むことができるかどうかが、これからのクリエイターに強く問われる。
「受け手の主観によって価値が変わる。だからこそクリエイターは、試行錯誤を楽しみながらプロトタイピングを何度も行うことが大事」と尾原氏も補足した。
基調対談の最後は、未来予想について言及した。
「AIの侵略に聖域はありません。人間だけが持つと考えられていたクリエイティビティ、リーダーシップ、思いやりなどは既に怪しいです。もう鈍感な人間よりAIの方が優しいかもしれません。だからこそ、『人間+AI』で階層を上げていくことが重要。人間とAIが戦わなくていい。そして数年後にはスマートフォンのように誰もがAIを使う時代が来るでしょう」と橋本氏は語った。
「この10年で人間のクリエイティビティが育ったと感じることがあります。それは写真のセンスです。Instagramで大量の良い写真を浴びてフィードバックを得ることで向上したのでしょう。次の10年では、AIによって問題設定と妄想のセンスが育つと考えています。最後は、受け止める側のセンス“真善美”が問われるのではないでしょうか」このように尾原氏が締め括り、対談は終了した。
基調対談が終了した後は、参加者懇親会が4Fのカフェテリアにて開催された。大学教授、小中高の教員などの教育関係者を中心に、自治体、経営者の方など幅広い職業の方々に参加いただいた。
会場にはデジタルハリウッドの創立者、杉山知之学長の姿もあった。「Conversation with AI」は杉山学長とともに決定したテーマだ。「進化のスピードが、予測をどんどん上回っていく現状は本当にワクワクする」と、白熱した1日の感想をSNSを通じて発信いただいた。
参加者からも反響が寄せられた。「あっという間の2時間。今後の教育の可能性について学びを深めることができました」「AIが少し分かったように思えた。続編を希望します」といった感想が多く見られ、AIが教育現場で活用されていく未来を予感させる。
最後に尾原氏と橋本氏から、この記事の読者の皆様へメッセージをいただいた。
「あらためて感じたのは、変化の時代においては『遊ぶように学ぶ人』のそばにいることが大事だということです。正解を学ぶのではなく、試行錯誤そのものを学ぶ。試行錯誤の中に“遊び”を入れることで、それ自体が次の正解に変わっていく。そのようなプロセスを楽しむことが、これからの時代に重要な感覚ではないでしょうか。その意味でデジタルハリウッド大学は稀有な環境だと思います。これだけ“変態”な教員が集まっているのですから(笑)」と尾原氏はユーモアを交えて話した。
「AIの分野は、まだ始まったばかりで研究者が少ないです。その方々はAIを作れる者の“活用のプロ”ではありません。ですから、私たちが実世界でAIをどんどん使っていくことが大事ではないでしょうか」橋本氏は、このように総括した。
「“人間は道具を作り、道具は人間を作る”という言葉がある。AIと一緒に生きることで私たちが作られていくのだとすれば、少しでも早くこの分野に飛び込んで試行錯誤を楽しんだ方がいい。そのような前向きな気持ちになれる『近未来教育フォーラム2023 -Convesation with AI-』が幕を閉じた。さて次回の開催時には、どれほどの進化がこの世界に起きているのだろうか。
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